head
無題ドキュメント
在日本大韓蹴球協会

KFAJネットワーク
携帯サイトもよろしく

http://kfaj.sblo.jp


 
2000年12月15日、在日大韓蹴球団が産声をあげた
◆優秀選手発掘し韓日両プロに輩出へ

 在日同胞にとって古くから特別の思いを抱いているスポーツ、サッカーの在日同胞常設代表チーム「在日大韓蹴球団」は2000年12月15日に誕生した。

 同日、東京大手町の経団連会館で記者発表と結成記念式を行った。朝鮮籍同胞7人を含む20人で構成したチームは、2001年3月に韓国で行わた大統領杯で公式デビューした。

 その後、大統領杯を中心に韓国や日本で「在日」としての存在をアピールし、優秀な選手のKリーグやJリーグへの輩出をめざしている。

2004年大統領杯で悲願の初勝利をあげた


◆朝鮮籍7人を受け入れ

 在日大韓蹴球団(宋一烈団長)は在日本大韓蹴球協会が2000年3月からのセレクションなどを通じて結成を進めていたもので、高校生や大学生、社会人など18歳から31歳まで同胞選手20人を選抜した。現役の朝鮮高校生をはじめ、朝鮮大学出身者ら朝鮮籍選手7人も受け入れた。また、元JリーガーやKリーガー経験者も含まれている。

 初代監督は元日産自動車(現横浜F・マリノス)のDFだった、山本裕司さんが担った。結成した蹴球団は2001年春の大統領杯が公式デビュー。

 宋会長は「1958年の在日蹴球協会結成以来、大先輩たちからの夢だった」とし、「初陣となる来春の大統領杯では在日同胞の存在をアピールしたかった」と述べている。

 山本監督は「正直、まだ完全なチームとは言えないが、やるからには勝ちにいきたい。勝てる試合はしっかり勝ち、負けの試合を引き分けに持っていく粘り強さを見せたい」と大統領杯に向けた抱負を述べた。

 中学時代、韓国に3年間、サッカー修学していた初代主将の李根錫選手も「当時の同期生たちがKリーグで活躍している。大舞台では全力を尽くしたい」と決意を披露した。

2001年以来、韓国大統領杯に連続出場している
 

◆制限あるなら韓国で活躍を

 日本国内では国籍の関係で「在日チーム」は地域レベルでのリーグ活動しか認められていない。また、Jリーグの場合も、日本の高校などを卒業すれば日本人と同扱いが与えられる「在日特別枠」があるが、これはわずか1人。

 宋会長は「1という数字はゼロと同じ。それならば制限のない韓国に行こうと思い蹴球団を結成した。将来は優秀な選手をKリーグやJリーグに排出し、在日同胞の子どもたちにとっトも夢を与えるチームに育てたい」と話していた。

 既に、蹴球団の中から2人の選手がKリーグ入団が内定している。

◆元韓日代表が期待と激励

 会見後の記念パーティには、呂健二民団中央副団長をはじめ、民団、体育会関係者ら250人が参席した。

 さらに40年前の在日同胞代表イレブンたちも顔を連ね、新世紀への結集をともに喜び合った。

 また、韓日サッカー界から、李会沢・全南ドラゴンズ監督、趙榮増・韓国ユース代表監督、崔淳鎬・浦項スティラーズ監督、元日本代表監督の森孝慈氏、元日本代表の金田喜稔氏、木村和司氏ら、元韓日国家代表らが激励に駆けつけたほか、大韓サッカー協会の鄭夢準会長からも激励のメッセージが寄せられた。

 蹴球団は毎年春に韓国で行われる大統領杯サッカー大会に連続出場している。